クリ(スタルケイ)

2004/10/31 Sun 02:08

あまりにJ-WAVEの受信状態が良くないので、最近はたまにFM横浜(元ハマラジ)にしたりもしてるわけですが、今日もまたそんな日だったわけです。チューニングしてみたらクリスタル・ケイさんがしゃべっていたので「よしよし、イングリッシュジャパニーズでも聴いてみるか」と思っていたんですが、クリスタル・ケイさんはそんな小さいアーティストじゃなかった。

彼女、一人称が「クリ」なんですよ。まぁ自分の名前の頭文字2字を一人称として使う女子はそれほど珍しいものでもありませんが、高校を卒業したばかりであるクリスタル・ケイさんもまたその例外ではなかったというわけです。ただし、彼女の名前が「クリスタル」であることを除いては。

今日はじめて聴いたこの番組は「濱♥LOVE」というレギュラー番組だといま知ったんですが、「この曲はクリの最近のお気に入りなんだよねー」とか「クリのファッションについての質問も送ってくださいね!」みたいなトークが延々と続くわけで、シュールすぎて僕はどうすることもできませんでした。スタッフは何も言わ(言え)ないんでしょうか。次の番組のパーソナリティ(男性)も何事もなかったかのように「クリちゃん、おつかれさまでしたー!」なんてねぎらってるし。クリちゃん、恐るべし。

いや、歌はいいと思いますよ。フォローになってないとは思いつつ。

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3D Shooting Games aki_tan's page

2004/10/24 Sun 18:22

HALF-LIFE2スレで話題になっていた、Duke Nukem、DOOM、QUAKE、Half-Life、UnrealなどメジャーなFPS(一人称視点シューティングゲーム)を攻略しているページ。作者のaki_tanは1930(昭和5)年生まれの74歳、甲府在住! 本気でびびりました。「自己紹介」からはご尊顔も拝見できます。

3D Shooting Games aki_tan's page

僕はほぼCounter-Strikeしか知らないわけですが、そのイベントのレポートなどを見ていると、FPSのプレーヤー層のコアは10代後半で、20代前半でも「おっさん」扱いされてくると思っていただけに、70代のプレーヤーがいるとはまったく考えてませんでした。コンシューマーのゲーマーだったらこれほどは驚かないけど、PCのFPSを「攻略」するとは……。

掲示板では攻略やその他トラブルなどの質問に対して普通に助言をしておられるわけですが、10代が70代にゲームの攻略を質問してるという図が自分の「常識」と著しくズレていて、変な笑いがこみ上げてきます。季節の花々の姿を切り取っている「甲府だより」もおすすめ。

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ポンキッキーズ以来

2004/10/22 Fri 02:20

最近、神奈川の一部地域では電波状態のよくないJ-WAVEをむりやり聴いていたら、斉藤和義の『歩いて帰ろう』を久しぶりに聴いた。どうもまだ音楽活動は続けているようだが、日々を過ごす中で僕が受動的に聴いた曲は『歩いて帰ろう』だけである。能動的に聴こうとしたことはないので、つまり僕は彼の曲を『歩いて帰ろう』だけしか聴いたことがない。この曲を受動的に聴いていたのは『ポンキッキーズ』でヘビーローテーションだった頃のことで、当時も気に入ってはいたのだが、今日改めて聴いてみると、当時は感得できなかったものが表れてきた。

それほど音楽に明るいわけではないので専門的にどう呼ぶのかわからないが、この曲は「A B C A' C' B' A''」というシンメトリーを構成していて、特に気になったのはこのうちのC部分。

嘘でごまかして 過ごしてしまえば
たのみもしないのに 同じ様な朝が来る

最後の「朝が来る」の部分はC'で「風が吹く」となるが、どちらも自然現象であり、それが惹起するイメージの点でも大同小異と言えるだろう。

以前の僕はこの曲を、素朴に「たまには急がずのんびりしてみようよ」という主題の曲だと思っていた。タイトルに引き寄せられたこともあるだろうし、またそれほど的を外した解釈でもないとは思う。でも今回は、ただ「のんびりしよう」と解釈しただけでは「たのみもしないのに」という一節がすんなりと通ってくれないと感じた。これは基本的に「有り難くない」ことと呼応する副詞のはずだから。今回は、ここのところがやけに気になったわけである。

Bの部分は、「急がないと置いて行かれる」という不安を喚起する内容で、その流れからCを聴かされると「漫然と日々を過ごしてはいけない」という主張のように感じられる。しかし中心部のA'では「雲がのんびり泳いでいるから歩いて帰ろう」と、「のんびり」が称揚されている。そして、すかさずC'では

嘘でごまかして 過ごしてしまえば
たのみもしないのに 同じ様な風が吹く

である。この2度目のCにおいては、たとえ「嘘でごまかして過ごしてしま」ったとしても「同じ様な風が吹く」、つまり、ほぼ同じCという詞が、「たいして変わらないからのんびりしちゃうか」という諦めと解放の響きを帯びる。朝が来たり風が吹いたりするのは頼まずとも起こることであって、個人はその影響を一方的にこうむるばかりである。この「朝」や「風」がたとえ人間の領域、たとえば身近な社会における何事かの暗喩であったとしても、そう大きく変わることとは思えない。最近の心象からは、こうしたどうでもよさやどうしようもなさに共感を覚える点が少なくなく、そうした漠然とした思いがあったからこそ僕はこの曲の持つそうした側面に気づいたのだろう。

この『歩いて帰ろう』という曲が魅力的であった/あるのは、この「嘘でごまかして過ごしてしま」うことの両価性を、シンメトリーの中に配置することによって、双方ともに損ねることのないまま絶妙のバランスで提示しているところに秘密の一端があるのだと思う。

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THE ZOOMQUILT

2004/10/22 Fri 00:14

THE ZOOMQUILT (via 3196.org)

延々とズームし続けることができます。無限ズームではあるんだけど、ずっと見てると名前の意味がわかってきたり。とりあえず、しばらく見続けてたらHDが激しくガリガリいい出して怖かった。普通のスペックのマシンなら大丈夫だと思うけど。

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