カトリーナと総選挙

2005/09/10 Sat 23:19

ハリケーン・カトリーナによってニューオリンズにもたらされた惨状、とりわけ治安の悪化を見ると、阪神・淡路大震災のことを思い出してしまう。僕が知っている(マスコミを通したものに限られるが)限り、あのときは略奪も起こらなかったし、銃声も鳴らなかった。日本でアメリカほど銃声が鳴らないのは当然としても、どうしてあれほど治安が悪化してしまうのか。アメリカがそうなってしまった要因は以下の4つあたりだろう。

  • 国家が抱える多様性
  • 根本的な文化差?
  • 深刻な貧富格差
  • 富裕層を優遇する政府の方針

もちろん、阪神地域の治安が維持されたのは行政など公的な組織や、企業および山○組のような私的組織の協力あってのことではある。あるいは「単一民族」神話などが前提となった「民度」であることも事実だろう。しかし、人々の外見や行動様式が似ているというだけで「民度」が維持されるわけではない。経済の均一性、「中流」階級の層の厚さが大きく寄与しているはずで、むしろこちらのほうが重要なのではないかとすら思う(この「総中流」社会もまた神話であったのかもしれないが、それが神話としてであれ、ひとまず機能していたということを前提とする)。

だが、日本もまたこれを破壊する方向に進みそうな勢いである。資本の流動化と合理化はたしかに経済を活性化することにつながるのだろうが、シビアな世界観はリスクも高い。阪神・淡路大震災がニューオリンズのようにならなかった背景には、しばしば「社会主義」と評された日本社会の構造が背景となっている。それが失われた(と人々が認識した)とき、カトリーナがもたらした南アメリカの状況が日本でも再現されるリスクを背負うことになりかねないのではないか。

こういう事件を目の前にしてしまうと、今回の衆院選では共産党にでも入れておくかという気にもなってくるのだが、ふと立ち止まって考えてみると、第二次大戦後の「社会主義」日本を構築したのは共産党でも社会党でもなく、紛れもない自民党なのであった。小泉純一郎が「ぶっ壊」そうとしているのは、まさにその種の「自民党」なのである。その「自民党」とは、現在の民主党に集まっている面々を含むものでもあった(国民新党は措いておく)――などなどと、考えていくたびにどこへ投票したもんだかわからなくなってしまう。

まぁ旧自民党の面々が民主党に集まっているからといって旧自民党的な政策を行うというわけではない(どころかマニフェストを見る限り民主党も原則としては改革路線だし)のだが、少なくとも現在の自民党/小泉政権の提示するビジョンに不安を感じるのなら政権を取りたがっている野党に入れておくのがいいのかもしれないと思う一方で、民主党のビジョンに必ずしも賛同できるわけでもなく、また現在の社会状況を考えると自民党の線も出てくる。「総中流」化を前提とし、かつそれを維持していた「社会主義」的諸制度が、現在では疲弊して膿がたまっているのも事実であり、何らかの見直しを行う必要はあるんだろう。しかしその処方箋としての自由市場化もリスクが怖い。こうした状況から選択をしろと迫られても、そもそも今の政党勢力図では選択肢が不十分な気もする。

もうわからないからMMOに帰るか……。

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