映画鑑賞

2004/09/01 Wed 23:00

ありふれた趣味No.1の座を「音楽鑑賞」や「読書」と争っていそうな「映画鑑賞」をしてきた。劇場に行くのはけっこうひさしぶりで、今日は『華氏911』と『誰も知らない』。

僕はつい先日まで「巣鴨児童置き去り事件」というものを知らなくて、柳楽くんがカンヌで受賞した後になってからこの映画を知り、さらに事件のことを知ったんだけど、事件についての知識はGoogleでヒットしたここここを読み、真に受けて挑んだ。で、『誰も知らない』がはじまってしばらくして、普通の子供は学校に行っている時間に外に出ることのうしろめたさなどが個人的に身につまされたりしたこともあってかなりキツくなってきていたので、部屋に友人がたまっているシーンのあたりからかなり胃のあたりがキリキリしてきたけど、結局その心配は最後までスルー。映画はかなりマイルドな仕上がりにしたみたい。

観賞後、周囲からは「重かった」という感想も聞こえてきたけど、それは柳楽くん目当ての女性客が80%以上だったからだろう。先にリンクしたページ通りの展開が再現されていたら、僕自身は大層キツい思いをしただろうが、映画としてはそのほうが良かったのではないかと思う。

パンフレットに載っていた是枝監督のコメントを読むと、僕が「マイルド化」と見たものは、「『置き去り』という設定だけを事件からもら」った上で「アパートの外から『地獄』を語るのではなく、彼らがそれでも体験したはずの『豊かさ』こそを僕らは想像する必要があるのではないか」という主張を表現するためであったのだろう。是枝監督にこの方向を決意させたのは、「お兄ちゃんはやさしかった。お母さんよりもご飯をいっぱい食べさせてくれた」という妹の言葉や、亡くなった妹を西秩父の山に埋めたというエピソードなどだったというが、あまりにキツいシーンを入れてしまうことのインパクトで「豊かさ」の部分が薄れてしまう可能性も、完全に否定することはできない。

しかしそれでも、むしろそうした状況下においてなお「家族の絆」というものが芽生えてしまうということが、僕にとっては恐ろしくも感じられるのだが……この点は個人の振幅の差ということにしておくべきか。

最後に、是枝監督の知己を得ている知人から、「巣鴨児童置き去り事件」の中心にいた長男は僕と同年齢である(らしい)とを教えてもらったことが、この映画を観る最大の動機になったことも付け加えておく。

うーん、『華氏911』についても言いたいことはあるんだけど、PCの調子が悪いというかノートのAとUのキーが接触不良らしくやたら打ちづらくて疲れてしまうので、このへんで。ひとつだけ言っておくと、僕はゴダールよりムーアのほうが好きらしいです。ゴダール、ごちゃごちゃうるせえ。

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