認めたくないものだな

2005/10/21 Fri 06:02

「もしもう少し若かったら――いや、本当に若かったらきっとやろうとはしないだろう」
「もしもう少し若かったら――いや、本当に若かったらきっとそうは思っていないだろう」

最近、思考の最中にこういう考えが混じることが多くなってきた。年齢というのはときに便利なもので、怠惰のエクスキューズとして使えてしまう。でも僕の怠惰は昔から少しも変わらないはずで、これまでは色々なもの――リスクだとか才能だとか不安定な情緒だとか――をいちいち引き合いに出していただけのことだ。実は何も変わっていない。ただ、その都度色々なものを考えなければいけなかった部分に、あつらえたかのごとくはまるピースが突然手に入ってしまう。僕が抱えていたと記憶する「悩み」の一部がその欠落したピースに占められていたのはきっと事実で、今や僕はそのピースを喜々としてはめ込んでいる。

これで晴れて心の平安はこれからも保たれる、ものと思いきや別の問題が浮上する。リスクだとか才能だとか不安定な情緒だとかは除去される可能性を含むもので、それがなくなった場合を仮想することで輝かしいとまでは言わずとも鈍く輝く未来くらいは常に留保されていた。しかし年齢はその種の留保を一切許さず、淡々とその歩を進めるのみだ。そして鈍く輝く僕の未来はその本来の姿を現す。せいぜい、渋くマットに仕上げたクローム程度のものだろう。未来という言葉はいくつかの文脈を経由して、今やっとあるべき姿を取り戻す……

ワケがない。一度だって未来が輝いていたワケがないのだ。現在は常に屈託にまみれたところで、それがいつだろうとかつて現在であったことがありまたいずれ現在となるのなら、何も変わるところはない。たとえ美しく輝かしくあると見えても、それは土埃の向こうに見るせいだ。僕はまだ土埃に慣れられず、かといって倒れきることもできない。でもいずれ、慣れることもあるのかもしれない。どちらでもいい。

僕はうまく歳をとることができない。

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MASU (2005/10/21 Sat 23:28:44)

Even a successful man who has a thought the same as you.

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