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日本サポーターはワールドカップ優勝を祝福できるか?

2006/07/11 Tue 04:18

 2006年ワールドカップ決勝は、延長戦を終えても1対1のまま決着つかず、PK戦にもつれこんだ結果、5-4でイタリアが勝利した。だがトロフィーを高く掲げるカンナバーロよりも、PKを外したトレゼゲよりも、延長後半5分、ジダンがマテラッツィに対して見舞った頭突きが最も印象に残っている。

 サッカー好きの友人は今回の頭突きについて、「マテラッツィはジダン対策として、あの場面に至るまでずっと野次りつづけていたのではないか」という観測を持っているらしい。重要なのは、その野次が「ジダン対策」であったかもしれないという点である。多かれ少なかれマテラッツィが野次っていたのは事実であるとして、それは「ジダン対策」だったのか。

インタビュー等などで見られる、はにかみやで静かな話し方から、謙虚で控えめな性格と評される反面、試合においては警告を受ける回数は少なくない。 有名なところでは、1998年フランスW杯で南アフリカの選手を両足で踏みつけ(2試合出場停止)、ユベントス時代の2000年チャンピオンズリーグではハンブルガーSVの選手へ頭突き(5試合出場停止)、レアル・マドリード時代の2004年リーガ・エスパニョーラではムルシアの選手に対して頭突き、また、2005年のリーガではビジャレアルの選手に対して突然平手打ちをするなど、瞬間的に頭に血が上りやすいことでも知られている。

ジネディーヌ・ジダン - Wikipedia (ja)

 ジダンが「瞬間的に頭に血が上りやすいこと」は、ヨーロッパのサッカー選手であれば当然知っているべき情報である。「ジダン対策」として「野次」が有効であると考える根拠には充分だろう。

闘争心旺盛な性格が災いし、ハードマークなどでファールを献上、カードを貰うことがしばしば。また熱くなりすぎでラフプレーも侵すことがある。この最たる例として、2004年2月1日のシエナ戦において試合に欠場したマテラッツィはシエナのDF、ブルーノ・チリッロに対し汚い野次を飛ばし続け、これに苛立ったチリッロが試合終了後にマテラッツィに詰め寄ったところ、マテラッツィはチリッロを暴行。チリッロが生中継に顔面あざだらけで現れこの事態を告白。マテラッツィは罰金と2ヶ月の出場停止を受けた。

マルコ・マテラッツィ - Wikipedia (ja)

 口汚い野次はマテラッツィの得意技であった。「ジダン対策」としてはまさに適任である。このマテラッツィの特徴も、ヨーロッパのプレーヤーであれば――マッチアップする機会があるならなおさら――知っているべき情報なのだろう。が、いずれにせよジダンはそれに耐えることができなかった。彼の行動は非難されて然るべきだが、ひとまずここで考えたいのはマテラッツィについてである。

 マテラッツィはジダンの性質を知っていた。そして実際に野次を飛ばしていた。その狙いは功を奏し、結局ジダンは自ら退場を準備することになった。マテラッツィが退場まで期待していたかどうかはわからないが、不意の一撃という代償を差し引いても十分すぎる「成果」を挙げた。勝負の結果を見れば、彼の行動がイタリアの勝利に貢献したと見ることはできるだろう。決定的なものではない、しかし大きな要因のひとつではあった。少なくとも試合後の現在はそう思える。

 以下は、ルモンドが伝えたフランス代表ドメネク監督の試合後のコメントである。

Materazzi a fait beaucoup de cinéma quand il est tombé de si haut. Il est grand, il est costaud, et un coup de vent l'a fait tomber. L'homme du match, ce n'est pas Pirlo, c'est Materazzi, il marque et il fait exclure Zidane...

あれだけ大げさに倒れて、マテラッツィは大芝居を打った。彼は背が高く、頑丈だが、ある突風が彼を倒したんだ。マン・オブ・ザ・マッチ、それはピルロではなく、マテラッツィだ。彼はジダンをマークし、そして排除したんだよ……。

Le Monde.fr : Raymond Domenech : "L'homme du match, c'est Materazzi"

 マテラッツィの野次は、チームの勝利に貢献した。あれはひとつの「チームプレー」となった。イタリアベンチの思惑がそこに介在していたかどうかはわからない(これも問う価値のある問題かもしれないが、ひとまず措く)。だが個人の判断であったとしても、それは結果的に「チームプレー」となった。ここでの「チームプレー」とは、協力して複数の人間が行動することではなく、チーム全体に貢献する部分的な行動というくらいの意味である。

 どちらも鉄壁の守備を堅め、同点のままPK戦までもつれこんだ試合の勝敗を分けた分水嶺は、マテラッツィの野次によってもたらされた。あれだけの勝負に勝つためには、そこまでしなければならなかったということである――少なくともあの試合に関しては。サッカー、いやフットボール/カルチョとは、おそらくそういう部分を含むスポーツなのであり、それを「悪い」と言ってもそうであることをやめないものなのだと思う。

 W杯前、ある日本メディアがブラジル代表のカカに行ったインタビューをテレビで見た。そこでは日本代表の印象についての質問もされていて、カカは「日本代表に足りないものは、ズルさだと思う。ラフプレーという意味ではなくてね」という内容の返答をしていた。カカがその「ズルさ」にマテラッツィのような「野次」を含めていたかどうかはわからない。しかし今では、この発言が今回の件に強く結びつくように思えてならない。

 日本代表がW杯を征するために必要なもの、それは中田英寿が伝えたかったものでも、イビチャ・オシムが伝えようとするものでもないかもしれない。そして、日本代表が「それ」を手に入れ、W杯を手にしたとき、日本サポーターはその勝利を祝福できるだろうか?

 ……以下余録。

 やはり頭突きの原因は全世界的な関心事らしい。とりあえずスポニチ。

 イタリアのマテラッツィが暴言を吐き、ジダンは怒りを抑えられなかったとの見方が支配的だ。その暴言の中身について、フランスのニュース専門テレビLCIの記者は「人種差別的な内容、あるいは家族に関する内容だったのではないか」との推測を紹介。ジダンはアルジェリア系移民の家庭に生まれた事実が念頭にある。

 フランス公共ラジオによると、ブラジルのテレビ局は読唇術の専門家の分析として、マテラッツィがジダンの姉を侮辱する発言を2回繰り返したとの見方を伝えた。侮辱されたのは母親との憶測もある。

スポニチ Sponichi Annex 速報: ジダン頭突きの原因めぐり報道合戦

 で、あまり徹底して探したわけではないが、フランスNouvelle Opsはジダンの従兄弟のコメントを伝えた。推測の域は出ないが、やはり彼の出自に関わる内容ではないかと述べている。

AGUEMOUNE, Algérie (AP) -- L'un des cousins de Zinédine Zidane a rapporté lundi que le coup de sang de Zizou contre Marco Materazzi dimanche soir en finale de la Coupe du monde serait né de l'insulte de "terroriste" qui aurait été proférée par le défenseur italien.

Rabah Zidane, interrogé dans le hameau familial d'Aguemoune en Kabylie d'où est originaire la famille Zidane, a jugé que "Zizou, dans ses habitudes, il ne frappe pas. Il est gentil. Il ne frappe pas. Mais sûrement, (Matterazi) a dit quelque chose grave". il a ajouté avoir entendu que son cousin avait été traité de "terroriste". "Si c'est comme ça", il a eu raison de réagir.

Après un échange verbal avec le défenseur de l'Inter de Milan, Zidane lui a donné un fort coup de tête dans le thorax, se faisant expulser par l'arbitre à la 110e minute de jeu.

"On est déçu, on est triste", a confié Rabah Zidane. "Malheureusement, ça s'est mal terminé. C'est ça, le football: il y a un gagnant, il y a un perdant". Toutefois, le fait que Zinédine Zidane ait été élu le meilleur joueur de la Coupe du monde "nous fait plaisir", a-t-il ajouté. AP

アグムーヌ、アルジェリア(AP)――月曜、ジネディーヌ・ジダンの従兄弟の一人は、日曜夜のワールドカップ決勝において、ジズーがマテラッツィに対して憤激したのは、イタリア人ディフェンダーが発言した「テロリスト」という侮辱によって生じたことではないかと述べた。

ラバ・ジダンはカビリ地方のアグムーヌにある一族の集落で取材を受けた。ジダンの一族はこの地に由来する。ラバは「ジズーには殴ったりする習慣はない。親切だよ。殴ったりしない。だが確かに(マテラッツィは)何か深刻なことを言ったんだ」と判断した。

インテルのディフェンダーと言い合ったあと、ジダンは彼の胸部に強い頭突きを加え、110分、自ら退場を宣告されにいった。

ラバは「みんな裏切られたし、みんな悲しんでいる」と打ち明けた。「不幸なことに、悪いかたちで終わってしまった。これがフットボールなんだよ。そこには勝者がいて、敗者がいる」。しかしながら、ジダンがワールドカップ最優秀選手に選ばれたことは「我々を喜ばせた」とも付け加えた。AP

Le Quotidien Permanent du Nouvel Observateur- Mondial: Zidane aurait été traité de "terroriste" par Materazzi, selon un de ses cousins

 この問題を掘ってゆくと、いずれにしてもその生い立ちや経歴、背景に立ち入らざるを得なくなってゆく。これはジダンに限らず、マテラッツィについても同様である。ラバ・ジダンとは別の意味で「これがフットボールなんだよ」と思ってしまう。こうしたことは化の二人だけにあてはまるのではなく、すべてのプレーヤーの裏側にあることなのだろう。

 僕はそれらの諸々についてまったく無知なミーハーにすぎないが、今回はいい勉強になった。

関連:アンカテ(Uncategorizable Blog) - 日本サポーターはごっつぁんゴールを祝福できるか?

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中田英寿の引退と、「人に頼りたくない」願望について。

2006/07/10 Mon 02:53

 さて、これからワールドカップ決勝なわけだが、今さら感もありつつ中田英寿の話を書いてみようと思う。

“人生とは旅であり、旅とは人生である” 2006.07.03 - nakata.net -- 中田英寿オフィシャルホームページ

 サッカー選手のはじめての引退宣言を信用していいものかどうか迷うところだが、とりあえず彼が「引退」という言葉を口にしたのは事実。29歳での引退を「早い」と評価する声もあり、僕自身としてもそう思うところはあけれども、しかし彼にとってはその「早め」のタイミングが重要であったのだろう。それはなぜか。

 中田はこれまでにも「大学へ行きたい」と語ったことはあったし、先日には、今後ハーバードでMBAを取得しようと計画しているという話も伝えられた。以前から彼は「次」のこと、つまりサッカー以外の進路を考えている――少なくともどこかにそういう希望を持っていることは知られていた。

 以前、中田がインタビューに応える様子をテレビで見たことがある。そこで中田は恋人について聞かれており、彼は「自分は一人でなんでもできるようになりたい。だから恋人も必要なものとは考えられないので、長続きしない」という内容の返答をしていた。記憶頼りなのでその発言をはっきり示すことはできないのだが、彼は、あることをするために誰か他人が必要になってしまうのは避けたい、ということを言っていたはずである。

 できるだけ他人に依存したくない。「恋人」という枠を外し、上のコメントの意味を深く解釈すればそういうことになる。このチームスポーツの選手としては致命的とも言える意識は、しかし確かに中田のなかにあったのだと思う。

 さて、ここで僕自身の話になる。僕は先のインタビューを聞いたとき、深く共感した憶えがある。僕にもできる限り他人に頼りたくないと思う傾向がある。もちろん自分が万能になることはできないが、できる限りその範囲を広げたいと常に考えている。逆に、ひとつのことをあまりにも長く、深く続けてしまうことには抵抗がある。特に、ある程度熟練し、それ以上に上達するためには何か他のことを犠牲にしなければならないような場面に出くわすと、むしろ「これはもういいか」と思ってしまうことが多い。

 中田はサッカーについて、上のような脈絡で「これはもういいか」と思っているんじゃないかと思うわけである。もちろん、そこには29歳という要因も関わっており、そうしたタイミングの「良さ」が「引退」発言につながったという考えは、そう的外れではないだろう(そしてたぶん、目新しいものでもない)。

それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年間やってきた。
時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。
だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。

 僕は、なぜ「できるだけ自分でやりたい=他人に頼りたくない」と思うのか。その一つは、コミュニケーションがそれほど得意ではないという要因による。その意識は、コミュニケーションは面倒だという考えにもなっていく。だから、他人に目的や手順を伝えて代わりに実行してもらうコストを考えると、「自分でやったほうが早い」と考えてしまう。でもどうしたって自分にできないことはある。色々な場面で、そのたびに「これが自分でできたらなぁ」と思うようになる。コミュニケーションにそれほど時間を割こうとは思わないので、何かを学んだり練習したりする時間が相対的に増える。ストイックなイメージを持たれることも多くなる。

 もう一つの「他人に頼りたくない」理由は、何であれ他人に依存してしまった上でその人がいなくなった場合のリスクを必要以上に気にしてしまうためである。こういう意識がなぜ芽生えたのかと自分を省みてみると、自分が経験した社会変化がひとつの大きな要因だったのではないかと思う。

 僕は中学から高校時代にかけてバブル景気を経験し、社会人が湯水のごとく経費を使う話だとか、上の世代が大学で遊びまくる話だとか、易々と就職を決めてゆく様子だとかを、自分が近い未来に立つであろう状況として経験しながら育った。しかし自分がそこに立ったときには、その想定を修正せざるを得ない状況になっていた。自分の能力がなければ有利な立場には立てない、という意識は、このときに芽生えた気がしている。現在その状況はより先鋭化し、(かつての)平均的な社会生活すら競争に勝たなければいけない(と多くの人が言う)状況になっているが、そこに至る坂道の最初の世代が70年代中頃生まれである。つまり、「自分をとりまく状況はいつ変化するかわからない」というリスクヘッジ意識が比較的大きなインパクトによって刷り込まれたところが、「他人に頼りたくない/頼ることはできない」という意識に結びついているのではないかと、自分では考えている。

 中田英寿と僕との間には、大いなる格差がある――それは収入、素質、努力、「現実」に適応する力(ある程度は何かを犠牲にして一つのことを追求できる継続力、次の進路に経営学を選ぶしたたかさ)、チームスポーツで一流になれる程度には持っている社会性など、枚挙にいとまがない。だがそれでも、どうしてもまったくの他人とは思えないところがある。その数少ない部分は、上に述べた通りである。その似た部分で考えると、今回の彼の決断はとても共感できるし、それほど驚くべきものでもない。彼にはやりたくてもできなかったことが数多くあるだろうし、そうしたことへのこだわりも強いだろうから。

 これは単に自分語りであるに過ぎない。でも中田と僕の考え方に似ているところがあるとは感じるし、それはもしかしたら1976~77年生まれという世代(あるいはそこを中心とする数年の世代)のひとつの傾向を示しているのではないかとも思っている。だがそうであるとすれば、あまり喜ぶことのできない社会変化に適応しようとしてしまっていることになる。万能に近づこうとする形で自分を高めることにつながっていると考えればポジティブに働いているのではあるが、その姿勢の背景は悲しいものである。

 社会変化ということについてはもう一つ、70年代半ば生まれがしばしば「狭間の世代」「無風世代」などと呼ばれていることも付け加えておくべきかもしれない。この世代には、その世代を強烈に彩るようなものが乏しく、一言で言い表すのが難しい。つまり前後の世代とのコミュニケーション基盤があまり強くないことが、コミュニケーションへの苦手意識を持たせることになっているかもしれない、ということである(だがこのことは、両方の世代とコミュニケートする可能性にもつながっているかもしれない)。

 まあこれも、大ざっぱな世代論ではある(世代論はだいたい大ざっぱだけど)。しかし自分の周りを眺めてみるに、コミュニケーション不全だったりストイック気味だったりする同世代はけっこう多い。これは僕自身がそういう人間だから似たような人間が周囲に増えるというようなことだと思っていたのだが、どうにも中田の姿を見ていると、やはりもっと大きな問題が関係しているような気がしてきてしまう。だとすれば、せめて彼にささやかな共感をしめして「我々」感を噛みしめてみたいかなと。

 まぁ僕は「なんでも自分でやろうとする」という傾向をそれなりに気に入っているし、そういう他人も嫌いではない。コミュニケーションなんかしないで、いろいろ手を広げるのもいいだろう。周りに煙たがられても自分でやればいいじゃない。専門分化なんか欠落だらけの人間の寄せ集めだと思いながら、いろいろできるやつになっちゃえばいいじゃない。とりあえずヒデは「自分探しの旅」なんていう語彙を使う凡庸さから脱してほしいと思います! がんばれ!

 と、明らかに適当なまとめになってますが、これからまさにW杯決勝がはじまるので仕方ないのです。ではまた。

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中田の涙

2006/06/23 Fri 07:42

試合終了後、ピッチに倒れたままブラジルのユニフォームで顔を覆い、涙している中田英寿の姿がとにかく印象的だった。この一敗で、彼のキャリアは間違いなく一つの終わりを迎えた。2010年には、中田は33歳。ほぼ4歳年上の(一度は引退した)ネドヴェドを中心とするチェコはすでにグループリーグでの敗退が決まり、同じくジダン率いるフランスも自力での決勝進出の可能性を失っている。中田も、4年後には間違いなくピークを過ぎているだろう。彼にとってこの大会はそういう大会だったはずだ。

これまで、少なくともカメラの前で、中田が涙を流すことはなかった。これがただの「予選敗退」であれば、やはり泣くことはなかっただろう。前半34分の玉田のゴールで、中田は、自分がそこにいるべきだとイメージし続けた、雲の向こう側の光を見た。手が届くかもしれないと思った。わずか10分後、再びその光は再び雲に閉ざされ、二度と射し込むことはなかった。

1996年、アトランタ五輪でブラジルを破った(19歳)。1998年、フランスW杯出場、その後日本人二人目のセリエAプレーヤーに(21歳)。2001年、ASローマのセリエA優勝に貢献(23歳)。2002年、日韓W杯でベスト16(25歳)。輝かしい。あまりにも輝かしい。もっと先に行かれると思った、かもしれない。2006年、W杯グループリーグ敗退(29歳)。「お前のキャリアはこのあたりだ」と言われたように感じた、かもしれない。

あるいは周囲の能力に対する苛立ちや運のなさを嘆いているところもあるかもしれないが、それでも間違いなく、自分の力不足に対して最も苛立っているだろう。そして、彼のシビアな評価眼では、もう「次」の自分に期待することもできない。

僕は中田英寿より年齢で言うと1年上だが、学年は彼と同じであり、ずっと同世代として気になる存在だった。中田ファンと言うつもりはない(どころかそれほど好きというわけでもない)し、そもそもサッカーファンですらないが、自分が生きた時間の中で何ができたのかを考える上でのひとつの極として意識してきた(せざるを得なかった)し、今後もするだろうと思う。僕は常に打ちのめされるばかりだが、それでも頼もしい存在ではあった(大相撲の「51年組」については語るまい)。しかし、30年という一つの区切りを否が応でも意識していたところに、彼の涙である。僕はスポーツ選手ではないし、それ以外の分野でも「キャリア」など示すことはできないミジンコだが、それでも「あの」中田英寿が涙するシーンには複雑な思いを抱かざるを得ない。

試合のテレビ中継は、ピッチに横臥しつつ目を赤くした中田が、笑顔でコーチ(?)と会話を交わし、立ち上がってサポーターの方へと歩み出すシーンで終わった。少し安心した。それはおそらく僕自身への希望と見えたのにすぎないが、できれば彼にとってもそうであってほしいと、やはり思う。4年後まで現役でいることは十分に可能だし、東ハトの役員だし、ベルマーレのスポンサーだし、イタリアのナイトの称号も持ってるんだし、なんでもできるだろう。ミジンコじゃないんだから。

――それでもこれが、一つの終わり、あるいは区切りであるのは変わらないことなんだけれど。

追記(22:10):とりあえずマスコミに上がった関連記事をクリップ。nakata.netで引退を連想させるようなコメントを出したという話もあるけど、サーバが落ちてるようで確認できず。W杯前から終了後の引退を示唆してたらしいけど。まあ引退も含めて「白紙」という記事もあるので、考えるということなのかな。

公式サイトでのコメントは試合前の21日付で出されたもので、まあ普通に捉えれば「この試合が(このW杯の)最後にならないことを」という内容だと思います。

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女子カーリング予選ばっか見てた

2006/02/19 Sun 06:49

日本では盛り上がりに欠けるという噂の冬季五輪ですが、楽しむコツは日本選手に期待することなくアスリート達のガチ勝負を楽しむ姿勢でいることだというのは一部の人たちに気づかれていることだと思います。

というわけで僕もそんな姿勢でぼーっと見ていたんですが、しかし今日の女子カーリング予選を見てたら普通に「日本人」の姿勢になってましたよ。今日の対カナダ戦、対スウェーデン戦は本当にタフで見応えのある勝負でした。もうアレね、自分より若い女子たちが見せる健気な表情と凛とした眼にね、オッサンは応援せざるを得ないわけですよ。それでソルトレーク銅のカナダを破ったり、世界一のスウェーデンと延長1点差の勝負をしたりね。いや本当に今日のカーリングは面白かった。残りの試合もできる限り見ようと思います。

で、ちょっとカーリングやってみたいなとも思って調べてみたら、神奈川カーリング協会が相模原で定期的に講習をやってるらしい。相模原市って意外とスポーツ環境が整ってるんだなという印象。東京都だと明治神宮スケートセンターか東大和スケートセンターで講習をやってるらしい。どっちにしても少し遠いか……まあでもどうせこのモチベーションは長続きしないので深追いはしない方向で。

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及川祐がスケートをやめそうになってた件

2006/02/14 Tue 05:55

「第3の男」及川が大健闘 メダルには一歩及ばず - スポーツ (asahi.com)

というわけで、調子を落としているエース・加藤条治の脇をぬけて五輪4位という好成績を残したスピードスケートの及川選手ですが、競技を終えたあとのインタビューで「大学を出るときにスケートをやめようか迷っていた」という話が出ていました。以下のインタビュー記事にも同じ話が。

五輪 翔べTORINOへ 及川佑(スピードスケート) (スポニチ)

いかにアマチュアとはいえ、日本は実績も重ねているし、認知度だって確固たるものなわけでしょ。例えばラクロス(例に出して申し訳ないけど)みたいなレベルのスポーツじゃないわけですよ。そこで五輪4位に入るようなポテンシャルの選手がスポーツを続けられないという事態が起こってるのか……仮にも先進国と言われて久しいのに。なんか、端的に「いい国じゃないなぁ」と思わされてしまった。

まぁ漠然とした「国」に責任を転嫁しただけで終わってもしょうがないので、少しは内実を推測してみよう。まず景気拡大はバブル・いざなぎを抜く勢いだということだが、及川が就職をにらんでいた02~03年頃、たしかに新卒雇用が冷え込んではいたので、経済の状況が思わしくなかったことは一つ理由として考えられる。

さらに、本人の実績が不足していたという事情もあるようだ。

 ――池田高、山梨学院大では注目を浴びるような存在ではなかった。大学4年時、インカレ五百メートル優勝以外は目立ったタイトルがなかった。

 高校卒業後、スケートをやめるかどうか迷ってました。でも両親が「自分が納得するまで続けなさい」と言ってくれたので進学を決意。大学(選び)は高校で大した実績もなく、あまり強いところに行きたくなかったので山梨学院大学に決めました。弱いところで強いところを倒す方がおもしろい。インカレでタイトルを獲った時は1本目のモチベーションや滑りが今も含め、スケート人生で最高のものと思ってます。

 ――大学を卒業する03年3月は就職先がなく、一時は引退の可能性もあったが、「びっくりドンキー」を経営するアレフに就職が決まった。

 (就職が)見つからなかったときは、潔く(スケートを)辞めるつもりでした。会社や(庄司昭夫)社長への感謝は言葉ではとても表せません。いい結果、いい滑りを見てもらい喜んで頂きたいですね。

(スポニチ掲載のインタビューより)

「目立ったタイトルがなかった」のが原因だとすれば、彼の陰に早熟で実績を残してきた選手がもっと隠れていて、今もスケートを続けているということなんだろうか。しかしそれにしたって、一度でもインカレで優勝したことがあって、モチベーションも持っていた選手が引退を考えてしまうというのは十分に悲しい。スケートが「弱い」山梨学院大にいたということもおそらく関係してるんだろうなぁ。

このインタビューでもう一つ考えられるのは、彼の性格が原因になったんじゃないかという部分。「大学(選び)は高校で大した実績もなく、あまり強いところに行きたくなかったので山梨学院大学に決めました。弱いところで強いところを倒す方がおもしろい」というコメントからは、あまり強く自分を押し出してはいかないタイプであることが窺える。自分のモチベーションと周囲の状況とを秤にかけたとき、周囲に気を遣って自分を抑えてしまう。大学卒業時だけでなく高校のときにもスケートをやめようか迷っていたという事実なんて、まさにそういうことだ。

しかしですよ、それでも世界屈指のスタートを武器にオリンピックで4位に入るわけですよ。こういう性格がスポーツに向いてないというのは直観的に正しそうに見えるけど、必ずしも事実ではない。蓋然性を取るならたしかに正解なのかもしれないけど、単なる思い込みだけではないかという疑問が付されるべき判断材料であるのも間違いない。

と、なんとなくではあるが、不景気を背景としつつ、メジャータイトルとコネの不足に加えて押しの弱さが彼のスケートキャリアの壁として現れていたということが見えてきた。でも個人的には納得がいかない。不景気だからといってそれなりに才能がありそうな人材を見過ごしてしまうのは、あまりにも貧しい。コネがなければ才能が潰れてしまうという事実はもっと悲しい。思い込みも含めてそうなってしまったら、目も当てられない。

それでも「神」とか「天」がきちんと見ているから及川はスケートを続けられたんだ、というような方向で世界の善さを信じる人もいるんだろうが、僕としては及川と同じような状況で実際にスケート(や他のスポーツ)の道をあきらめてしまった人の群れが目に浮かんで、もっとイヤな気分になってしまう。少なくとも今回の件は美談として語られていい出来事で、何かを続けようかやめようか迷っている人にとってポジティブな材料になったりもするんだろう(だからこそ中継のインタビュアーも話題に出したわけで)。これで頑張る人が出てくるなら喜ぶべきことだ。でもその背後に、抽象的にも具体的にも「貧しい」価値判断が見え隠れしていて、個人的には、社会への信頼感につながるよりもむしろ一つの危機を感じ取るべき出来事に思えてしまう。特に、これがスピードスケートという種目で起こっているというあたりで。

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