那須博之監督の最期の記録

2005/03/05 Sat 23:10

先日、あの『デビルマン』の監督が亡くなったというニュースが(一部の)世間を騒がせましたが、その病床に最期まで付き添った松枝佳紀さんによる記録。彼は新進の脚本家・劇作家・演出家で、映画版『デビルマン』の脚本家候補だったこともあり、また最終的にスタッフとしてクレジットに入っています。

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『デビルマン』についてはアレな評価をさんざん目にしているし、その評価自体はそれほど誤りでもないのだと思います。でも、制作プロセスや監督の最期も含めて、そばにいた人の視点を知ってしまうと複雑ですね。松枝さんは『デビルマン』が失敗したこと、その責任が(象徴としての?)監督にあることを認めつつも、那須監督のことを「師匠」と呼んでいます。「インサイダーの擁護論だ」と斬って棄てることもできるかもしれませんが。

たけくまメモ: デビルマンのあの人が

(……)してみると、那須監督というのは典型的なサラリーマン型監督で、会社の言うことをキッチリ聞いて生き残って来た方なのかとお見受けします。『デビルマン』などは、たぶん上の方のエライ人(しかも複数)の意見に対して全部律儀に耳を傾けた結果、ああなったのかなと思わないでもない。

松枝さんの記述から判断するに、もともと3部作という構想があったことなど、監督本人が完全な「サラリーマン型」であったかどうかはわかりません(優しい人ではあったようだけど)。しかし『デビルマン』については、やはり現場の様々なしがらみの産物であったことも確かなようです。たとえば、脚本担当の候補に10人が集められながら、結局初稿を書いたのはその10人以外の「新進美人女性漫画家」であって、さらに最終的なクレジットになると脚本を担当したのは監督夫人の「那須真知子」となっていたりします。まぁハリウッドでは映画の完成までに脚本家がコロコロ変わるという話も聞くので、日本でも似たようなことはしばしばあるのかもしれませんが。

僕は作品を見ていないので、臆断はこのあたりまでに。とりあえず『真説・タイガーマスク』が見てみたくなりました。

ところで、このサイトを発見できたのはほぼまったくの偶然でした。ログのリファラを見ていたら、Yahoo! で「長塚 悪魔の唄」を検索した結果があり、その中でわがサイトのすぐ上にこのサイトが表示されていたので、たまたま発見できました。妙な縁もあるもので。ちなみに『悪魔の唄』の評価には僕と隔たりが。

追記(3/20):このリファラ経由で発見したいろいろな反応。

那須監督の言葉、「あいつ」の正体 (漂流皇室 3/6)
arex01log (arex01log 3/4)
【追悼】那須博之2【罵倒】 163~ (映画作品・映画人@2ch)
那須博之監督告別式弔辞 (金子修介の雑記 "Essay")

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